著者ピーター・ドロンケ氏(1934 -)は、主にケンブリッジ大学で教鞭をとった、中世ラテン文学の専門家で、1984年には英国アカデミーの会員にも選出されています。該当分野の世界的権威の1人と広く認められている方です。訳者の後書きは、その魅力的な人柄を見事に伝えています。
本書は、そのような人物によって書かれた、中世ヨーロッパの叙情詩を主題とする、非常に著名な作品です。専門家が、専門分野について、やや専門的なコメントもまぜながら、分かりやすく書いた概説書というレベルの本だと思います。訳書は『中世ヨーロッパの歌』と題されていますが、原題は『中世の叙情詩 The Medieval Lyric 』です。ですから、音楽関係の記述は希薄です。あくまで叙情詩が主題ですので、注意してください。原書初版は、1968年です。ただし訳本のもととなったものは、何回かの改訂を経た1996年の版です。訳本には、原著者自身による日本語訳へのオリジナルの序文もあり、中世日本語の詩と同時代のヨーロッパの詩との共通点に関する興味ふかい指摘がなされています。付録でこのオリジナルの序文の英語原文もついてきます。
最初の出版からかなりの時間が経過していますが、現在(2012年)でも、該当分野の教科書的文献だという評価を英語圏では得ています。
対象年代は、9世紀あたりから14世紀初頭までです。いわゆる中世全般が満遍なく扱われています。対象地域は、ヨーロッパ全域です。西はイベリア半島から東はロシア、北はスカンジナビア半島まで、と幅広いです。ですから、実に多くの言語の詩が登場します。ドロンケ氏はいったい何カ国語をご存知なのか、舌を巻きます。古い時代の英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語は当然として、ポルトガルのガリシア語、スカンジナビア語、ノルーウェー語まで登場します。
本書のさらに細かい内容ですが、まず対象を大きく、宗教詩、「女心の歌」、恋愛詩、きぬぎぬの別れ、舞踏歌、リアリズムの歌、の6つに分け、それぞれについて、時代順に、主な作品を、訳で紹介し(多く原文付き)、その内容を分析する、という形をとっています。特に内容の分析について、ドロンケ氏の、豊かな教養にささえられた、するどい新しい独自な視点が光っています。ここが本書の一番の読みどころでしょう。
また本書は、それまでの、該当分野の有名な常識をいくつか無効にしています。その中でもっとも注目すべきであるのは、「中世ヨーロッパの叙情詩は、南仏のトゥルバドゥールから突然生じた」という誤解です。それに先行する時代の叙情詩がいくつか本書では紹介されています。その他、「昨今の心ある研究者はトルバドゥールやトルヴェールの詩が、一枚岩的なひとつの総体をなすなどとは思わないし、また「騎士道倫理の体系」とか「宮廷風恋愛のコード」というような概念を持ち出して云々したいとも思わないだろう。総じて、これらの、あるいはそれに近い既成概念は、七、八十年も前に流行して定着してしまったもので、実際の作品解釈の間尺には当然合わないものである。」(p. 504)という発言も傾聴に値します。またこの分野では、お約束のようにアラブからの影響が論じられますが、逆に、本書は、スペインの詩がアラブの詩へ影響を与えた例にも言及しています。
その他、わたしの感じた本書の特徴です。
・まず対象が大きいことが、ここでは利点になっている、ということです。中世ヨーロッパという広大な対象を論じることによって、初めて、個々の時代・地域に詩について見えてくることがあります。それが、本書ではよく分かります。ですから、イタリアの詩をやたい人も、ドイツの詩をやりたい人も、イギリスの詩をやりたい人も、本書をとりあえず読んでおかなければ、各地域の詩の特徴をとらえそこねてしまう恐れがあります。
・それから、中世ヨーロッパの詩といえば、南仏が中心で、あと、イタリア、ちょっとドイツ?みたいな感じだったと思うのですが、その他の地域にも、非常に優れた作品が古くから存在していたことが分かって新鮮でした。
・ただ、原著者は英語圏の方ですし、英語でだされた本ですから、いわゆるゲルマン系の言語でかかれた詩に関する記述が相対的に多いと思います。南仏ファンの方にはちょっとがっかりかもしれません。ただダンテの「石女の詩」に関しては詳しく興味ふかい解説があります。
非常によい本です。まさに訳すべき本が訳されたという感じで、感謝したいと思います。
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
中世ヨーロッパの歌 単行本 – 2004/6/1
- 本の長さ612ページ
- 言語日本語
- 出版社水声社
- 発売日2004/6/1
- ISBN-104891765216
- ISBN-13978-4891765217
商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
祈り、諷刺、ユーモア、恋する心…。吟遊詩人が歌い紡ぎ、写本に綴られ、今になお残る数多の中世歌謡を、汎ヨーロッパ的な伝統のうちにとらえ、多様性を秘めた「ひとつの統一体」としてラディカルに読み解く。
登録情報
- 出版社 : 水声社 (2004/6/1)
- 発売日 : 2004/6/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 612ページ
- ISBN-10 : 4891765216
- ISBN-13 : 978-4891765217
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,211,777位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 465位文学史
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
カスタマーレビュー
星5つ中5つ
5つのうち5つ
1グローバルレーティング
評価はどのように計算されますか?
全体的な星の評価と星ごとの割合の内訳を計算するために、単純な平均は使用されません。その代わり、レビューの日時がどれだけ新しいかや、レビューアーがAmazonで商品を購入したかどうかなどが考慮されます。また、レビューを分析して信頼性が検証されます。